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東京高等裁判所 昭和57年(う)320号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一二〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人土谷明が差し出した控訴趣意書(ただし、控訴の趣意は、本件につき監禁罪の共同正犯を主張し、仮定的に強盗傷人罪の従犯を主張する趣旨である旨釈明した。)に、これに対する答弁は、検察官末永秀夫が差し出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、事実誤認の主張であって、要するに、原判決は、被告人について原審相被告人宮下九二丸(以下、宮下という。)との現場共謀(意思の連絡)による強盗傷人の共同正犯の罪責を肯定したが、被告人は、宮下が被害者から金品を強取したのちに、宮下に命じられるまま被害者を裸にしたり、その手足を縛ったりしたものにすぎず、被告人の所為は財物強取の手段方法とは全く関係のない強盗傷人後の行為であって、強盗の実行行為とはいえず、かつ、強盗を実行するについて宮下との間に暗黙の意思の連絡さえなかったのであるから、監禁の共同正犯の罪責を問われるなら格別強盗傷人罪に問われるいわれはない、そして、仮にこれが容れられないにしても、強盗傷人罪の従犯にすぎないのであって、これを要するに、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決の挙示する各証拠を総合すると、原判示事実は優に認められ、原判決の認定判断は、その「弁護人の主張に対する判断」の項の部分を含め、これを正当として是認することができ、原審記録中のその余の証拠及び当審における事実取調べの結果を検討してみても右結論を左右するに足りない。以下、所論にかんがみ、当裁判所の判断を若干補足するのに、関係証拠によると、本件犯行の顛末及びその前後の状況については原判決が「弁護人の主張に対する判断」の項の一の1ないし5に認定判示するとおりであって、これによれば、確かに、被告人は宮下が被害者に対しその顔面や頭部を手拳で一〇回くらい殴打し、更に「騒ぐと殺すぞ。」と申し向けながらその背部や腰部を数回足蹴りにするなどの暴行、脅迫を加えて、同人の胸ポケットから現金三五〇〇円、同人の左腕から腕時計一個を奪い取り、かつ、同人をしてタクシー料金四一一〇円の支払請求を一応断念させたのちに、宮下に命じられるまま、被害者の着衣を脱がせて裸にしたり、ナイロン製のひもで両手を縛ったり、更に、宮下とともに被害者の身体に布団を巻きつけたうえ、被告人がナイロン製のひもで布団の上から縛りあげ、次いで、すててこで両足を縛る暴行に及んだものであるから、被告人において宮下が単独で実行した前示財物強取などの結果と直接因果関係のある暴行を行ったものでないことは所論のとおりである。しかしながら、犯行現場は、白昼とはいえいわゆるドヤ街の中にある人気のない簡易宿泊所の三畳間であって、本件がいわば密室内における犯行であり、被告人は、宮下が前示の暴行脅迫に及んで金品を強取するとともに、その暴行によって被害者の入歯が飛ばされ、その顔面から血が出ていることなど事の子細を逐一眼前に目撃していながら、宮下が金品を強取したまさにその直後に、宮下に命じられるまま、被害者を裸にしたり、手足を縛ったり、いわゆる布団蒸しにしたりしたうえ、宮下とともにその場から逃げ出したものであって、このような犯行の一連の流れを全体的に観察し、特に金品強取とその直後に被告人も加わって行った暴行との場所的同一性と時間的接着性、更にその暴行の具体的態様等に徴すると、被告人が加担した以後の暴行は、自己の逃走を容易にする目的のほか、強取した財物を確保し、タクシー料金の支払を免れるという利益の取得を決定的に確実なものにするための手段としても行われたものと認めるのが相当である。そして、宮下が強盗の実行行為に着手してから、被害者を布団蒸しにするまでの間の一連の所為を包括的にとらえて、これを不可分の関係にある一個の強盗行為とみるのが実体に即するというべきであるから、前記財物及び財産上の利益の取得を確保するという行為は、一個の強盗行為の一部を組成するものであり、したがって、被告人は強盗の実行行為の一部を分担したものといわなければならない。このように、被告人が宮下の行った一個の犯罪の一部に共同正犯として承継加担した以上、自己の直接関与することのなかった宮下の先行行為を含め、同人につき成立すべき犯罪の全体につき同一の罪責を免れないことは当然というべきであって、被告人につき監禁罪の成立をいう所論は、本件強盗行為のうち宮下の単独犯行による前段部分と被告人が加功した後段部分を可分なものと考え、宮下の金品強取をもって強盗行為は終了したとする見解を前提とするものであって、採用できない。そして、前示の事実関係、特に、本件は終始共犯者の宮下の主導のもとに犯行が遂行され、被告人は、宮下から命じられて犯行に加わったとはいえ、その後は積極的に前示のとおりの強烈な暴行に及んで強盗の実行行為の一部を分担し、宮下と一体となって犯行を推進している事実に徴してみても、それまで気後れして加担をちゅうちょしていた被告人が、宮下に促されて翻然意を決し、宮下とその意思を通じ合い、宮下の行った強盗の実行行為とその結果を認容してこれに承継加担するに至ったものであることが明らかであって、被告人が強盗を実行するについて宮下との間に暗黙の意思の連絡さえなかったということは到底できず、また、被告人が強盗の実行行為の一部を組成する暴行に及んでいることに加えて、その加功の程度など(被害者が両手首に負った擦過傷は、被告人の緊縛行為によるものであることが証拠上明らかである。)に徴し、所論にいう従犯にあたらないことも明白であって、被告人が強盗傷人の共同正犯の罪責を負うことに疑問の余地はない。してみると、原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中一二〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺澤榮 裁判官 尾﨑俊信 仙波厚)

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